玉野高校の1年生が取り組む地域交流プログラム「エジソン」。昨年は40人もの地域の人たちが学校に集まり、生徒たちと時間をともにした。他者と出会い、さまざまな価値観に触れ、気づけば自分自身のことを考えている——そんな場をどうつくるか、今年度の打ち合わせをしてきた。BGMの話から、グループの設計、先輩が後輩の探究をデザインするという仕組みまで。「出会いの場」には、たくさんの意図が詰まっている。
「エジソン」が始まる前に──今年度の出会いをデザインする
今日は、玉野高校の先生方と今年度の「エジソン」について打ち合わせをしてきた。
会議室に集まって話しながら、改めて思う。この授業って、すごくよく考えられているなと笑

「エジソン」って何だろう
玉野高校の1年生が取り組む、総合的な探究の時間のプログラムだ。
地域で暮らし、働き、活動している人たちを学校にお招きして、生徒たちと交流する。昨年度はなんと40人の地域の方々がこの場に集まってくれた。
目的はシンプルに聞こえるけれど、実は奥が深い。
他者と出会うことで、自分と出会う。
さまざまな価値観、生き方、仕事、失敗、転機——そういうものを持った大人たちと話すことで、生徒たちは「自分はどう思うんだろう」「自分だったら」と、否応なく自分自身に問いを立てていく。他者理解は、最終的に自己理解へとつながっていく。
「エジソン」という名前には、そんな探究の精神が込めた。
まず、「場」をつくることから始まる
今日の打ち合わせで、最初に話題になったのがBGMのことだった。
なぜ、交流の場にBGMが必要なのか。
一見すると些細なことに思えるかもしれない。でも、これが実は重要な仕掛けだ。
初対面の人と話すとき、人は少なからず緊張する。教室という空間が静まり返っていると、その緊張はさらに増す。自分の声が響いてしまいそうで、うまく話せなくなる。
BGMには、その「静寂の圧力」を和らげる効果がある。音があることで、場の空気がほぐれる。「ちょっと話してみようかな」という気持ちが生まれやすくなる。
雰囲気をつくることは、コンテンツをつくることと同じくらい大切だ、と改めて感じた。どれだけ素晴らしい地域人が来てくださっても、場が凍りついていたら言葉は届かない。BGM一つが、出会いの入口になる。

1グループに地域人を2人配置する、その意図
今年度も、1つのグループに地域の方を2人ずつ配置する予定だ。
これ、実は意図がある。
地域人が1人だと、その人の話がどうしても「答え」のように聞こえてしまいがちだ。「こういうふうに生きるべきなんだ」「こういう価値観が正解なんだ」と、無意識に受け取ってしまう生徒もいる。
でも、2人いると違う。
2人の大人が、それぞれの経験や考え方を話す。そこに必ず「ズレ」が生まれる。まったく違う生き方、まったく違う価値観が、同じテーブルに並ぶ。
その「ズレ」こそが、生徒たちにとっての問いになる。
「どっちが正しいんだろう?」ではなく、「どっちも本物なんだ。じゃあ自分はどう思う?」という問いへと自然に引き込まれていく。多様性を頭で理解するのではなく、体で感じる設計だ。
2年生が「エジソン」をデザインする意味
もう一つ、このプログラムの面白さは「先輩が後輩の探究をデザインする」という構造にある。
2年生になった生徒たちは、エジソン実行委員会を結成し、今度は自分たちが1年生のための「エジソン」を企画・運営する側に回る。これが2年次の総合的な探究の時間として位置づけられている。
去年、参加者として出会いを受け取った側が、今年は出会いを届ける側になる。
この逆転が持つ意味は大きい。
「あのとき自分はどんなことを感じたか」「何が印象に残ったか」「どんな場だったら心が開けたか」——自分の体験を振り返りながら、後輩のためにより良い場をデザインしようとするプロセス自体が、深い探究になっている。
受け手から作り手へ。それは、当事者意識の芽生えでもある。
地域と学校をつなぐ場を、生徒自身がつくっていく。その経験は、きっと大人になってからも生き続けると思う。
出会いは、あの日で終わらない
「エジソンがきっかけで、実際にその人のお店に行った生徒がいるんですよ。相談しに行った子もいて」
それを地域の人から聞いて、少し胸が熱くなった。
エジソンは「授業」という枠の中に収まっていない。あの場での1時間ちょいの会話が、リアルな関係のきっかけになっている。地域の大人と高校生が、学校の外でも続いていく。
それこそが、本当の地域との繋がりだと思う。
「地域人材活用」という言葉を使えば簡単にまとまってしまうけれど、実際に起きていることはもっとリアルで、もっと人間的だ。大人の話に引き込まれた生徒が、一歩踏み出して会いに行く。そういう小さな勇気の積み重ねが、地域を動かしていくんじゃないかと、今日の打ち合わせを通じて改めて感じた。
今年のエジソンも、どんな出会いが生まれるか。
デザインする側の自分も、楽しみでしかない。
著者
西田井祐也|社会教育士

