大雨の中で、虹が見えた — 課題共有がチームを作るとき
フィードバックというと、どうしても後ろ向きで気が重いイメージを持たれがちだ。
「ここが上手くいきませんでした」「ここを改善する必要があります」——そう言われると、自分たちのやったことを否定されているような、あるいは失敗を指摘されているような、そういう感覚になってしまう人も多いだろう。
だから、本来ならば勉強になるはずのフィードバックの時間が、実は心理的には重い空気になりがちなのだと思う。
でも昨日の話は違った。大雨の中、玉野商工高校で先生方と行った「地域交流会」の振り返りは、むしろ清々しい、そしてとてもポジティブな時間だった。心の向こう側にすでに虹がかかっているかのような——。
その理由は何だったのか。
現場で起きた、あの瞬間
話し合いの中で、私たちはいくつかの課題を挙げた。
初回ということもあり、小さな課題はたくさん見つかった。当然のことだ。でも重要だったのは、その課題の挙げ方や、その後の空気感だった。
「こういう場面で、チーム全体へのビジョン共有がまだできていなかったんですね」
担当の先生からそう言葉をもらった時、私は何かが腑に落ちた感覚を覚えた。それは「失敗を指摘されている」という感覚ではなく、むしろ「同じ課題を、一緒に見ている」という安心感だった。
私や先生が「すべてを直接動かす」わけではない。クラスの担任や副担任の先生方を通して、子どもたちに学びの場を提供していく。そのプロセスの中で、自分たちの思いやミッション、ビジョンをいかにチーム全体へ共有していくのか——その難しさを、その時間の中で、みんなが同じように感じていたのだ。
課題は指摘ではなく、チーム全体で見るべき問いになった。
「現場の先生方の状況を考えて調整する視点」と「この授業にかける思いや到達したい景色を共有すること」——この両方のバランスをどう取るべきか。その問いが、その瞬間、チーム全体の中で生まれ、それが同じテーブルの上に置かれた。
一度話し合っただけで、当然のことながら解決策が出るわけではない。
でも、同じ課題感を共有できていることは、プロジェクトを進める上で非常に重要だ。それは、私たちが同じ方向を向いているということ。そして何より、その課題を一緒に考える準備が整っているということなのだ。
「最初から完璧」の罠
ここで気づくのは、こういう時間が生まれるための前提条件がある、ということだ。
もし私たちが「地域交流会は完璧でなくてはならない」と思っていたら、どうなっていただろうか。
初回のイベントで課題を見つけることは、ある種の「失敗」と捉えられるかもしれない。そして失敗があるなら、それを指摘する側・される側の間に、心理的な距離が生まれるだろう。防衛的になり、正当化が始まり、同じ課題を一緒に見ることが難しくなる。
しかし私たちは、最初から「初回だからこそ、課題が見つかるのは当然」という認識を共有していた。最初から完璧を目指していては、この第一歩すら成し遂げられなかったはずだ。だから今回のイベントは「完璧さを目指したもの」ではなく、むしろ「前向きな一歩」として捉えることができた。
そこが土台にあったからこそ、フィードバックの時間が「課題指摘」ではなく「課題共有」の時間になったのだと思う。
コーディネーターの仕事とは
この経験の中で、コーディネーターという仕事の一面が、改めてはっきり見えた。
コーディネーターは、優れた授業を「直接作る」人ではない。むしろ、チーム全体がビジョンを共有し、一緒に学びを作っていく環境を「作る」人なのだ。
その環境作りの中には、当然ながら「完璧さを求めない風土」も含まれる。むしろ「最初の一歩だからこそ、試行錯誤を重ね、同じ課題感を共有していく」という姿勢が、チーム全体の心理的安全性を高める。
現場の先生方の状況を丁寧に見て、それに合わせて調整する。同時に、この授業にかける思いや到達したい景色は譲らない。その両方を、言葉と行動で示していく。そして何より、「完璧ではない初回も、その中から課題を共有できるチーム環境なら、それは成功だ」というメッセージを、無言のうちに伝え続ける。
こうした有意義な時間を共有できている環境は、本当に恵まれていると改めて実感する。
まだ答えは出ていない
もちろん、こうした課題共有の時間を持ったからといって、すべてが解決するわけではない。
「チーム全体でビジョンを共有する」ことの難しさは、一度の話し合いで消えるものではない。これからもさまざまな場面で、その葛藤は続くだろう。現場の先生方の状況と、自分たちの思いのバランスを取ることは、簡単ではない。
でも、同じ課題を見つめることができるチームがある。その課題に対して、「これをどうするか」という問いを立てるための土台がある。
それは、次へ進むための何よりの力だと思う。
大雨の中、心の向こう側には虹がかかっていたような、そんな清々しさ。それは、フィードバックというものの本質が「評価」ではなく「対話」であり、その対話の中に「信頼」がある時に初めて生まれるものなのかもしれない。
完璧さより、同じ課題感を共有していることが何よりの価値なのだ——そういうことを、この時間の中で改めて感じた。
著者
西田井祐也|社会教育士
