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コーディネーター日記2026.09.10

成長マインドセットとは

西西田井祐也|社会教育士玉野SDGsみらいづくりセンター読了 14

「能力は努力で伸びる」。そう信じさせる授業を受けた生徒の成績は、平均するとほとんど動かなかった。

63件の研究、9万7,672人を集計した2023年のまとめで、効果量は0.05。出版のかたよりを補正すると、統計的な差は消えてしまう。

ただし話はここで終わらない。効果がくっきり出た層と、出た学校がある。分かれ目は生徒の信念そのものではなく、周囲にあった。

この記事では、元になった実験、再現をめぐる論争、効く条件の順に整理する。

平均効果は、ほぼゼロ

数字から入る。

2023年、心理学の専門誌『Psychological Bulletin』に、成長マインドセット介入の大規模な集計が載った。63研究、79の独立標本、参加者は9万7,672人。学業成績への平均効果は d=0.05 だった。

d は効果量と呼ばれる指標だ。介入を受けた群と受けなかった群の差を、ばらつきの大きさで割った値。

では0.05はどのくらいなのか。目安がある。数学の授業を1年間まるごと受けると、学力はおよそ0.22動く。0.05はその4分の1に届かない。

しかもこの0.05は、質の高い研究も低い研究も混ぜた数字だ。ふるいにかけると、さらに下がる。

「授業が本当に生徒の信念を変えられたか」を確認できた13研究(1万8,355人)では d=0.04。統計的に有意ではない。

事前登録や適切な対照群といった研究設計の基準を6割以上満たした6研究(1万3,571人)では d=0.02。ここでも有意差は出なかった。

いちばん厳しく見た6研究のうち、成績への効果を示したものは1つもない。

出版された研究だけが光る

もう1つ、居心地の悪い発見がある。

同じ集計で、著者に金銭的な利害があるかどうかによって、結果の出方が変わっていた。成果が出ることに利害を持つ著者の場合である。

そうした著者が出版した研究の効果量は d=0.18。ところが、同じ著者の未出版の研究では d=0.02。9倍近い開きがある。

利害のない著者には、この傾向がなかった。出版状況と金銭的利害の交互作用は統計的に有意だった(p=.014)。

私たちが本や研修で見てきた「効きました」という報告は、世に出た分だけを見せられていた可能性がある。引き出しにしまわれたほうの結果は、静かだった。

痩せた畑ほど肥料が効く

ここで終わると、ただの否定記事になる。事実はもう少し面白い。

2018年に出た別の集計では、29研究(5万7,155人)の平均が d=0.08。やはり小さい。

ところが、生徒を層に分けると景色が変わる。経済的に厳しい家庭の生徒に絞ると d=0.34。学業でつまずいている生徒では d=0.19。どちらも統計的に意味のある差だった。

肥料は、痩せた畑でしか効かない。すでに肥えた畑にひと袋足しても、作物の背丈はほとんど変わらない。

成長マインドセットとは

成長マインドセットとは、「知能や能力は努力と工夫で伸ばせる」という信念のこと。スタンフォード大学のキャロル・ドゥエックが提唱した。

対になるのが固定マインドセット。「能力は生まれつき決まっていて、変えられない」という信念だ。

大事なのは、事実ではなく信念の話だという点。能力が本当に伸びるかではなく、本人が伸びると思っているかを指す。

信念が違うと、失敗の受け取り方が変わる。固定側の生徒にとって、うまくいかない問題は「自分の限界の証明」になる。成長側の生徒には「まだ手が足りていない印」で済む。

同じ0点でも、片方は判決で、もう片方は途中経過になるわけだ。

努力信仰ではない

いちばん多い誤解を潰しておく。成長マインドセットは「がんばれば何でもできる」という話ではない。

ドゥエック自身が2015年に警告している。自分の研究が「結果ではなく努力を褒めよ」の一言に煮詰められてしまった、と。

彼女が「偽の成長マインドセット」と呼ぶのは、こういう場面だ。学べていない生徒に、その場の気分をよくするために「よくがんばったね」と声をかける。がんばったのは良い。学べていないのは良くない。

ドゥエックはこう書いている。成長マインドセットは学力格差を隠すためではなく、閉じるために作られたのだ、と。

水をやること自体が目的になった鉢植えは、なかなか芽を出さない。

種そのものは実在する

方法論の話が続いた。元の実験に戻る。

1998年、ドゥエックらは5年生を対象に6つの実験をおこなった。10歳から12歳の子どもたちが、パズルのような問題を解く。

第1実験の参加者は128人。全員がまず簡単な問題を解き、良い成績を伝えられる。ここで声かけを3種類に分けた。

能力を褒める群には「これが得意なんだね」。努力を褒める群には「がんばって取り組んだんだね」。統制群には「高い点だったよ」とだけ伝える。違いは、たった一言。

その後に難しい問題を出し、うまくいかない体験をさせる。ここから差が出た。

次にどんな課題をやりたいか選ばせると、能力を褒められた子の67%が「うまくできる課題」を選んだ。努力を褒められた子では8%。残る92%は「学べる課題」を選んでいる。

失敗のあとの成績も割れた。能力を褒められた群は平均0.92問ぶん落ち、努力を褒められた群は平均1.21問ぶん伸びた。

一言で、伸びる方向が反転している。

38%が点数を偽った

第3実験には、もっと落ち着かない結果がある。

子どもたちに、自分の点数を別の学校の子に伝える用紙を書かせた。

能力を褒められた群では、38%が実際より高い点を書いた。努力を褒められた群は13%、統制群は14%。3倍近い差だ。

失敗のあとに何を知りたがるかも違った。能力を褒められた子の86%は「他の子の点数」を選び、努力を褒められた子の77%は「解き方の情報」を選んでいる。

一方は順位を気にし、もう一方は方法を探す。

「頭がいいね」は、ほとんどの大人が善意で言う言葉だろう。その善意が、嘘をつく確率を押し上げていた。

なお、この一連の実験には再現をめぐる議論もある。断定できるのは、ここで見た実験の中で起きたことまでだ。

効果が消える3つの理由

種は悪くない。それでも畑の平均収穫量は増えなかった。理由を3つに分けて考える。

理由1。土を耕していない。

2019年、アメリカの高校1年生1万2,490人、65校を対象にした全国調査の結果が『Nature』に載った。介入はオンラインで2回、1回25分ほど。合計1時間に満たない。

成績が下位のほうの生徒6,320人では、主要教科の評定平均が0.10ポイント上がった(標準化効果0.11、P=0.001)。効果は出ている。

しかし効果の大きさは学校ごとに違った。学力の高い学校では小さくなり、周囲の生徒の行動規範が成長マインドセット的な学校では大きくなった。

論文の著者たち自身が、良い種と適した土壌の両方が要ると書いている。

理由2。褒める対象を取り違えている。

「努力を褒めよ」だけが広まった結果、方略の話が抜け落ちた。ドゥエックが指摘するのはここだ。

同じやり方を10回繰り返して失敗している生徒に必要なのは、11回目の激励ではない。11通り目のやり方である。

理由3。効く相手を間違えている。

すでに順調な生徒に成長マインドセットの授業をしても、動く幅はほとんどない。水を含んだ土に、水をやるようなものだ。

学校は全員に同じ授業を届けようとする。その平等さが、平均効果を薄めている面がある。

隣の芽が影をつくる

理由1の具体を1つ。

生徒が「失敗しても伸びる」と教室で習う。廊下に出た瞬間、「テストできないやつ」という空気に触れる。空気が濃ければ、習ったばかりの信念は薄まっていく。

背の高い植物のとなりに小さな芽を植えると、光が届かず育たない。悪いのは芽ではなく、配置だ。

土から耕す4つの工程

では現場では何をするか。順番がある。

工程1。土を測る。

先に確かめるのは、生徒の心ではなく状況だ。誰が今つまずいているのか。どの教科で、どの単元から下がり始めたのか。

全員に均等に配るより、必要な場所に寄せたほうが届く。

工程2。方略とセットで褒める。

「がんばったね」で止めない。何をどう変えたからうまくいったのかを、本人の言葉にさせる。

「最初に全体をざっと見る順番に変えたら解けた」。ここまで出れば、次の場面でも取り出せる。褒め言葉は消えるが、手順は残る。

工程3。大人の反応を変える。

ドゥエックは、成長マインドセットを掲げながら子どものミスに困った顔をする大人の話をしている。言葉より反応のほうが速く伝わる。

生徒が間違いを持ってきたとき、最初の一瞬に何が顔に出るか。そこが実質的な教育内容になっている。

工程4。一度で終わらせない。

2007年の研究では、週1回25分の授業を8回かけている。対照群も同じ形式で、内容だけ記憶術に差し替えた設計だ。

参加した生徒は91人。下がり続けていた数学の成績が、介入群では反転した。1時間の講演では、この形にならない。

道具は使う前に研ぐ

工程2の具体を1つ。

切れなくなった包丁を前に「あなたはいい包丁だ」と声をかけても、切れ味は戻らない。必要なのは砥石と、研ぐ角度の話である。

能力を褒める言葉は、性能の宣言だ。方略を褒める言葉は、手入れの記録になる。

宣言はその場で終わる。記録は次に使える。

私も以前、研修で「成長マインドセットが大事です」と話したことがある。土の話は一言もしなかった。

現場で見えてくること

高校の探究学習に関わっていると、この結論はかなり腑に落ちる。

年度の最初に「失敗していい」と伝える場面は多い。生徒はうなずく。しばらくして、中間発表で誰かの企画がうまく回らなかったとき、教室の空気が一瞬固くなる。

固くなるのは生徒だけではない。見ている大人も固くなる。その表情を生徒はよく見ている。

逆のことも起きる。うまくいかなかったチームに対して、周りが自然と「どこで詰まった?」と聞き始める学年がある。そういう学年では、次の失敗の報告が早い。

差がついているのは、生徒の信念の強さではないように見える。失敗が持ち込まれたときに、周囲がどう動くかの習慣のほうだ。

同じ苗でも、土の配合が違えば根の張り方は変わる。教室でいちばん手を入れられるのは、たぶん土のほうなのだと思う。

派手ではない。ポスターを貼る日がいちばん盛り上がって、そこから半年かけて土が入れ替わっていく。地味だけれど、そこだと思っている。

過信しないための注意

この記事の内容を、そのまま「成長マインドセットは無意味だ」に縮めないでほしい。研究者のあいだでも決着していない。

2023年には、否定的な集計に対する反論も出ている。研究間のばらつきを見ずに平均だけで語るのは誤りだ、という主張だ。

その反論によれば、対象を絞った介入の効果は0.15から0.16ほど。質の高い指導がもたらす効果が0.16とされているので、無視できる大きさではない。

ただし95%予測区間は −0.08 から 0.35 に広がる。効かない現場もあれば、それなりに動く現場もある、ということだ。

もう1つ注意がある。

「マインドセットさえ変えれば」という言い方は、環境や制度の問題を個人の心の問題にすり替えてしまう。家庭の事情、教材、教員の人数。動かせるはずの条件が、視野から外れる。

ドゥエックが格差を「隠すためではなく閉じるため」と念を押したのは、この危うさを見ていたからだろう。

枯れた鉢を前に、苗の性格を疑うのは早い。まず土を測る。ここまでが、今の研究から言える範囲だ。

まとめ

成長マインドセット介入の平均効果は小さく、質の高い研究に絞るとほぼ消える。

一方で、経済的に厳しい生徒や学業でつまずいている生徒には、はっきりした効果が出た。周囲の空気が支える学校でも大きくなる。

やるべきは、信念を配ることではなく、土を耕すこと。誰に届けるかを絞り、方略とセットで話し、大人の反応から変える。

よくある質問

Q. 成長マインドセットは高校生にも効きますか。

効く場面はある。アメリカの高校1年生1万2,490人を対象にした調査では、成績が下位のほうの生徒で評定平均が0.10ポイント上がった。ただし全体平均は小さく、学力の高い学校ではさらに小さい。学年より、置かれた状況のほうが効き方を左右する。

Q. 「がんばったね」と褒めるのは間違いですか。

間違いではないが、それだけでは足りない。ドゥエック自身が、学べていない生徒への励ましだけの声かけを問題視している。何をどう変えたからうまくいったのか、方略まで言葉にするのが要点だ。

Q. 授業は何回くらい必要ですか。

決まった正解はない。成績の下降が反転した2007年の研究は、週1回25分を8回。全国規模の2019年の調査は25分を2回で、下位層に小さな効果が出た。共通しているのは、1回きりの講演ではないという点である。

Q. 家庭でできることはありますか。

子どもがミスを持ってきたときの、最初の反応を変えることだ。困った顔をするか、「どこで詰まった?」と聞くか。ドゥエックは、成長マインドセットを掲げながらミスを問題として扱う大人の例を挙げている。

次回はグリット(やり抜く力)を扱う。

参考文献

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西

西田井祐也|社会教育士

玉野SDGsみらいづくりセンター

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