特定非営利活動法人 玉野SDGsみらいづくりセンター
すべてイベント情報動く人たちコーディネーター日記学校と、つくる学生トライアルみらいCafeお知らせ資料・報告書
コーディネーター日記2026.09.08

非認知能力は「単品」では育たない|高校生研究の教訓

西西田井祐也|社会教育士玉野SDGsみらいづくりセンター読了 12

非認知能力は「単品」では育たない|高校生研究の教訓

「やり抜く力を育てる授業」を1日みっちりやったら、生徒のやり抜く力は伸びるのか。

ドイツの高校で、その実験がおこなわれた。結果は、知識テストの正答率87%。満足度も高い。生徒は「考え方が変わった」と語った。なのに、非認知能力そのものを測る尺度は、ほとんど動かなかった。

2026年に発表されたこの研究は、教育現場にひとつの問いを突きつけている。非認知能力は、科目のように「単品」で教えられるものなのか。この記事では、研究の中身をほどきながら、探究学習の中で複数の力を統合して育てるための具体的な設計を整理する。


87点でも、力は動かなかった

まず、研究の中身から。

ドイツの高校11年生を対象にした、混合研究法によるパイロット研究だ。実験群41名、統制群46名。実験群には、1日6コマ(各45分)の非認知能力トレーニングをおこなった。

扱ったのは5つの力。成長マインドセット、グリット(やり抜く力)、自己規律、自己効力感、レジリエンスである。各モジュールは「理論の説明 → 応用演習 → グループ討論」という、教育設計としてはかなり真っ当な構成だった。

結果は、こうなった。

  • 満足度:高い
  • 知識テスト:正答率87%
  • 質的データ(生徒の語り):概念理解と信念の変化を報告
  • 非認知能力の尺度:有意な改善なし
  • 成績:有意な変化なし
  • 3か月後の転移:大幅に低下

つまり、生徒は「非認知能力について詳しくなった」。でも「非認知能力が高くなった」わけではなかった。

教科書を読んでも自転車には乗れない

この結果、実はそれほど不思議ではない。

自転車の乗り方について90分の講義を受け、ペダルの回転運動とジャイロ効果に関するテストで87点を取ったとする。それで、あなたは自転車に乗れるだろうか。

乗れない。当たり前だ。

非認知能力も、おそらく同じ種類の力だ。「知っている」と「使える」のあいだには、実際に転ぶ経験が挟まっている。研究チームが観察したのは、この「転ぶ工程」を省いた授業の限界だったと読むこともできる。


そもそも非認知能力とは何か

ここで一度、言葉を整理しておきたい。

非認知能力とは、テストの点数(=認知能力)では測りにくい、行動や感情の調整にかかわる力の総称だ。社会情動的スキル、ソフトスキルなどと呼ばれることもある。研究や政策文書によって定義の幅があり、「これが非認知能力です」という確定した一覧は存在しない。

今回の研究が扱った5つは、代表的なラインナップと言っていい。

成長マインドセット:能力は努力や方法によって変わる、という前提の持ち方。逆は「才能は生まれつき固定」と考える固定マインドセット。

グリット(やり抜く力):長期的な目標に対して、情熱と粘り強さを維持する力。

自己規律(セルフコントロール):目先の誘惑より、長期的な目標を優先して行動を調整する力。

自己効力感:「自分はこれをやれそうだ」という見込みの感覚。実際の能力ではなく、能力についての予測である点が肝心だ。

レジリエンス:失敗や変化のあとに、状況を捉え直して再び動きだす力。

日本の教育文脈では、学習指導要領が掲げる「学びに向かう力、人間性等」がこの領域に重なる。総合的な探究の時間やキャリア教育で「育てたい」と語られてきたのも、おおむねこの一群だ。

認知能力とは、対立していない

よくある誤解を先に潰しておきたい。非認知能力は、学力の対義語ではない。

「これからは学力より非認知能力だ」という言い方が流行った時期があったが、研究の文脈ではむしろ逆のことが言われている。非認知能力が注目されたのは、それが学力や進路、就業といった長期的な結果を後押しする土台として働くからだ。経済学者ジェームズ・ヘックマンらが幼児期の介入研究から示したのも、そうした「あとから効いてくる」性質だった。

粘り強く取り組めなければ、演習量は増えない。演習量が増えなければ、学力は上がらない。順番の話であって、優劣の話ではない。

測りにくい、という宿命

そして非認知能力には、やっかいな性質がある。測りにくいのだ。

多くの調査は自己申告の質問紙に頼る。「私は困難があっても粘り強く取り組む」といった項目に、5段階で答えてもらう形式だ。ここには2つの罠がある。

ひとつは、望ましい方向に答えてしまうこと。もうひとつが厄介で、成長すると点数が下がることがある。学び始めて基準が上がると、「自分はまだできていない」と自己評価が厳しくなるからだ。育っているのに数値が下がる現象は、参照点の変化として知られている。

今回の研究が標準尺度だけでなく質的データ、つまり生徒の語りを併用したのは、この限界を踏まえた設計だ。タイトルの「Beyond standardized measures(標準的な尺度を超えて)」は、そこを指している。

5つは、別々の引き出しではない

ここが今回の本題である。

上の5つを並べて書くと、5つの独立したスキルに見える。だから学校では、つい「グリットの授業」「自己効力感のワーク」と、単元のように切り分けたくなる。時間割は科目でできているし、そのほうが評価もしやすい。

しかし、生徒の内側で起きていることは、たぶんそうなっていない。

難しい課題に挑む。うまくいかない。「自分には無理かも」と思う(自己効力感が揺れる)。「いや、やり方を変えれば届くはずだ」と考え直す(成長マインドセット)。スマホを裏返して机に置く(自己規律)。もう一度、手をつける(レジリエンスとグリット)。

これは5つの出来事ではなく、ひとつの出来事だ。5つの力は、同じ場面で同時に動員される。単品で教えると、この「同時に動く感じ」だけが抜け落ちる。


なぜ「バラ売り」だと定着しないのか

理由は、少なくとも3つ考えられる。

理由1:発動する文脈がない

自己効力感は、単体では存在できない。「何に対する」自己効力感なのかが要る。

数学の証明問題に対する自己効力感、初対面の人に話しかけることへの自己効力感、初めての企画書に対する自己効力感。これらは同じ人の中でもバラバラだ。文脈を切り離した「自己効力感の授業」は、宛先のない手紙に近い。

理由2:負荷がかからない

筋肉が変わるのは、負荷をかけたときだけだ。マシンの使い方を説明されただけでは、上腕二頭筋は1ミリも太くならない。

非認知能力が動員されるのは、うまくいかないときである。だとすれば、育てる場面には「そこそこ失敗する」ことが構造的に組み込まれていなければならない。理解しやすく設計された演習は、理解しやすいがゆえに、この負荷を消してしまう。

理由3:1日で終わってしまう

研究チーム自身が、限界としてこう書いている。効果を持続させるには「ブースター・セッション、またはカリキュラムへの統合」が必要だ、と。

1日6コマは、密度としては十分だ。しかし人間の行動様式は、1日で書き換わるようにはできていない。3か月後に転移が大幅に低下したのは、意志の弱さではなく設計の問題だと読むほうが建設的だろう。


統合して育てる4つの工程

では、どう組み直すか。研究の示唆を、現場で使える形に翻訳するとこうなる。

鍵は、挑戦 → つまずき → 振り返り → 再挑戦という一連のサイクルを、ひとつの単元の中に閉じることだ。

工程1:ちょっと届かない挑戦を置く

簡単すぎると、非認知能力は出番を失う。難しすぎると、心が折れて終わる。

目安は「今の力の1.2倍」。生徒が「たぶんいけると思うけど、正直わからない」と言うあたりが、ちょうどいい。探究学習なら、外部の相手が絡む課題が扱いやすい。地域の店舗への提案、実際に人が来るイベント、締め切りのある成果物。相手がいると、難易度を教員が調整しなくても、現実が勝手に調整してくれる。

工程2:つまずきを事故ではなく教材にする

ここが最大の分岐点だ。

多くの現場で、生徒がつまずくと大人は反射的に助けてしまう。善意である。しかし助けた瞬間、その単元から非認知能力を育てる機会が消える。

必要なのは、つまずきを「起きてはいけないこと」から「起きる予定のこと」に変えることだ。最初のガイダンスで「この探究では、たぶん2回くらい計画が崩れます。崩れたときの立て直し方こそが、この授業で身につけてほしいことです」と宣言しておく。事前に予告された失敗は、生徒にとって事故ではなくカリキュラムになる。

工程3:振り返りで、力に名前をつける

つまずいて、乗り越えた。それだけでは、経験は次に転用されない。

ここで「言語化」が効いてくる。研究で知識テストの点が高かったこと自体は、無駄ではないのだ。概念の名前を知っていれば、自分の経験にラベルを貼れる。

振り返りで使う問いは、たとえばこうだ。

  • 計画が崩れたとき、最初に何を考えた?
  • 「もう無理かも」と思った瞬間はどこ?
  • そこから動きだせたきっかけは、何だった?
  • 同じことがもう一度起きたら、どこを変える?

ポイントは、感想ではなく行動を聞くこと。「頑張りました」で終わらせず、「何をしたか」まで降ろす。そこではじめて、レジリエンスは抽象名詞から手持ちの技術になる。

工程4:もう一度、似た場面をつくる

一度きりの成功体験は、記念写真で終わる。

同じ構造の挑戦を、学期内にもう一度置く。テーマは変えていい。むしろ変えたほうがいい。「前回のあの立て直し方、今回も使えるんじゃない?」と生徒自身が言いだしたら、転移が起きている。これが研究の言う「ブースター」の実装形だ。


明日から試せる3つの型

大がかりな改革をしなくても、既存の枠組みでできることはある。

探究学習:中間発表を「うまくいかなかった報告」にする

最終発表は成功譚になりやすい。中間発表を、あえて「今つまっていること」の共有に限定する。他の班の詰まり方を見ると、「自分だけじゃない」という発見が起きる。これは自己効力感の回復に直接効く。

日常の授業:問いを1つだけ手前に戻す

答えを教える前に、「これ、どうやったら解けそう?」を30秒。この30秒があるかないかで、生徒が自分の思考を観察する回数が変わる。1回あたりの効果は小さいが、年間の授業回数を掛けると無視できない量になる。

家庭・面談:結果ではなく方略をほめる

「頭がいいね」は固定マインドセットを、「その調べ方、うまいね」は成長マインドセットを補強する。ほめる対象を能力から方法へ動かすだけで、次の行動が変わる。コストはゼロだ。


現場で見えてくること

高校の探究学習にコーディネーターとして関わっていると、この研究の結論はかなり腑に落ちる。

生徒が明らかに変わる瞬間は、たいてい授業の外側にある。企画が通らなかった日。想定した人数の半分しか集まらなかったイベント。渡した資料が相手にまったく伝わらなかった打ち合わせ。うまくいかなかった直後の数日に、力の使い方が変わる。

逆に、丁寧に組んだワークショップの中で劇的な変化が起きることは、あまりない。手応えはある。アンケートの数字も出る。でも、それは満足度であって、能力ではない。今回の研究が「満足度も知識も高いが、尺度は動かない」という結果を出したとき、既視感を覚えた現場の人は多いはずだ。

だからといって、ワークショップが無駄だという話ではない。順番が逆なのだ。概念を先に渡しておくと、実際につまずいたときに「これがレジリエンスってやつか」と、経験に名前がつく。授業は変化を起こす装置ではなく、変化を回収するための語彙を配る装置だと捉え直すと、位置づけがはっきりする。


過信しないための注意書き

ここまで書いておいてなんだが、この研究を根拠に「非認知能力は単品では絶対に育たない」と断言することはできない。

理由は3つある。第一に、これはパイロット研究であり、サンプルサイズが小さい。小~中程度の効果を検出するには足りない。第二に、統制群が質問票を完成させておらず、心理的な成果の比較ができていない。第三に、フォローアップの回収率が41.5%と低い。

つまりこの研究は、「単品では育たない」ことを証明した研究ではなく、「1日の集中講義では変化を捉えられなかった」ことを丁寧に報告した研究である。ここを混同すると、エビデンスの引用ではなく、ただの権威づけになってしまう。

それでも現場にとって価値があるのは、示された方向性が実感と一致するからだ。人が変わるのは、講義を聞いた日ではなく、うまくいかなかった翌日である。


まとめ:カリキュラムに溶かす

要点を3行にすると、こうなる。

  1. 非認知能力は「わかる」と「できる」が大きく離れた領域である
  2. 5つの力は同じ場面で同時に動くので、単品で切り出すと文脈が失われる
  3. 挑戦・つまずき・振り返り・再挑戦を、既存の単元の中に閉じて反復させる

非認知能力を育てるために、新しい科目をつくる必要はない。むしろ逆で、既存の探究や教科の中に溶かし込むほうが筋がいい。特別な時間割を組んだ瞬間、それは「テストに出ない科目」になり、生徒の中で優先順位が下がる。

育てたいのは、授業を受けている40分間の態度ではなく、うまくいかなかった翌朝の行動だ。設計するべき場所を、間違えないようにしたい。


よくある質問

Q. 非認知能力は何歳までに育てるべきですか

「何歳までに」という締め切りは、少なくとも高校生の段階では設定しなくてよい。幼児期の介入効果が大きいことは知られているが、それは後年の変化が不可能という意味ではない。今回の研究が11年生を対象にしたこと自体、思春期以降も可塑性があるという前提に立っている。むしろ高校生は、抽象的な振り返りができる分、経験を言語化して次に転用しやすい時期だ。

Q. 非認知能力は成績を上げますか

長期的には関連が報告されているが、今回のような短期介入で成績が動くと期待するのは無理がある。実際、この研究でも成績に有意な変化はなかった。成績は学習時間、方法、家庭環境など多くの要因の合成物であり、1日の研修で動く変数ではない。数か月から数年の単位で見る指標だと考えたほうがいい。

Q. 家庭でできることはありますか

3つある。ほめる対象を結果から方法に移すこと。失敗した直後に解決策を提示しないで、まず何が起きたかを聞くこと。そして、うまくいかなかった話を大人の側からもすることだ。親が失敗談を話す家庭では、失敗が「隠すもの」でなくなる。

Q. 評価はどうすればいいですか

数値化を急がないほうがいい。実務的には、生徒自身の振り返り記述を時系列で残し、語彙と着眼点の変化を見るのが現実的だ。「頑張った」しか書けなかった生徒が、「計画の粒度が粗かったので分割した」と書くようになったら、それは十分に観察可能な変化である。


参考文献

Schammler, S., Persike, M., & Weber, F. (2026). Beyond standardized measures: a mixed-methods pilot study of integrated non-cognitive skills training in German upper secondary students. Frontiers in Psychology. DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1918459

SHAREX でシェア
西

西田井祐也|社会教育士

玉野SDGsみらいづくりセンター

市民・団体・企業・行政をつなぎ、相談・伴走・情報発信で地域の活動を支えています。

コーディネーター日記の記事をすべて見る →

関連する記事

一覧を見る